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――望まれていないのは知っていたし、分かっていたつもりだった。
だからこそ、あの時の私の世界は、あの部屋だけでよかった。
愛想の無い子、といわれても、どうでも良かった。
本当に、色んな事がどうでも良かった。
なのに、
・・・私は結局、望みすぎていた。
音が、溢れていた。
女中さん達が忙しく走り回る音。
誰かの声。
楽器の奏でる音。
全てを聞いて、そして全てを無視して、私は畳に横になっていた。
今は、昼。
障子越しに陽の光が入ってくるが、私は敢えて其れを避けて広さだけはある部屋の隅の方へと行っていた。
誰も居ない、けれど、音だけはしっかりと聞こえる其の部屋で、私はぼろぼろになった布人形を抱きしめて、ぼんやりと寝転がっていた。
私は姉と違い、習いものなどはしていなかったから、時間だけは飽く程にあった。
寝るか、考えるか――其れくらいの選択肢しか無かった為に、私はついつい余計な事まで考えすぎて、そして寝る事へ逃避していった。
皆が寝静まった後にしか出てこない私を外に出そうとする者は少なくとも此の屋敷ではほぼ皆無だった。
其れどころか、此の部屋の前の廊下を通る人間さえ、殆ど居ない。たまに、乳母が食事を持ってくるか、其れを下げるかの時に来るが、其れ以外は、ほぼ皆無。
私が皆に会いたく無いように――
皆も、私に会いたくは無いのだ。きっと。
・・・一人を除いては。
「鈴?居る?」
「―――・・・・」
起き上がり、少しだけ、返答に悩む。
然し、やがてぽつり、と答えた。
「・・・いるよ」
多分、私へ好んで会いに来る、唯一の人。物好きな人だな、と幼いながらも何時も思っていた。
若葉お姉ちゃん・・・・私の、たった一人の姉。
入るね、とお姉ちゃんが言うから、うん、と言って答えた。
障子が開き、姉が闇を切り取ったような長い黒髪を靡かせて、入ってきた。
「鈴――・・・」
そして、満面の笑顔を私に向け、私をなでる為に私の傍へと腰を降ろした。
「もう、今日もご飯の時間、来ないで・・・・お腹、空いてない?」
「うん。だから、たべなかったんだよ」
姉はじっと私を見ている。
笑顔は、いつの間にか消えていた。
疑われてるなぁ、と思うが其れだけだった。
「おねえちゃん、おけいこ、おわったの?」
「・・・今日は、もう終わったわ」
姉は、微笑むと、私の髪を撫でてくれる。
細くて白い指が、髪を撫でてくれて――其れが、嬉しくて。でも、それで口元が綻ぶのが嫌だったから、少しだけ頭を振って、姉の手を振り解いた。姉がどんな顔をするのか理解していて、そして其れを見たくなかったから私は俯いた。
「・・・・・鈴、」
暫しの沈黙の後、姉が言う。
優しい声。
「お外に遊びにいかない?良い天気よ」
「いかない・・・」
「そう?鞠つき、しない?」
「・・・・・」
「・・・ダメ、かな?」
「・・・おねえちゃん、」
姉は、本当に優しくて。
・・・・だからこそ、本当は私何かと一緒に居るわけには、いかなかった。
「わたしといると、おこられるよ」
其れが、合図だったように。
姉が、一瞬だけ固まり――そして、叫んだ。
「・・・ばかっ!!」
ふわり、と。
私を包んだ、体温が。
私の肩に埋もれた顔の、頬の。
・・・・其処から流れる、涙が。
哀しいくらいに、震えていて。
後悔と自己嫌悪が生まれたけれど、私は結局なにもせず、何も言わず。
姉の泣き声に耳を傾けるしか無かった。
・・・そして、何時ものように、乳母がきて、姉が連れて行かれて。
独りに、戻って。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい、ごめんなさい・・・・」
唇からこぼれた言葉が、とめられなくて、
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ・・・・!!」
陽が落ちて、空を蒼から赤へ、そして藍へと変えていく。
声が続く限りに言葉を紡ぎ、其れでも私は独りだった。
・・・望まれないのなら、生まれなければ良かったと。
そう、何度思っただろうか。
思っただけだったけれど。