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覚えている、といったら嘘になる。
だって、本当に興味がなかった。
興味が無かったから、本当にどうでも良かった。
翳された刃が綺麗だったから。
嗚呼、別に良いかな、って。
・・・そう、思えた。
布団の中で目を覚ますと、まだまだ辺りは暗かった。
春先とはいえ、まだまだ寒い。そんな時期。
私はぼんやりと布団の中から障子を、其の向こうの廊下を見、そして小首を傾げる。
(・・・おと?)
誰かが、廊下を駆ける音。
一人では無い。幾人かの足音。其れも、子どもでは絶対無い。大人のものだ。
今は真夜中。足音の大きさからしてみても、姉ではない。
女中さんかな、とも思ったが、有り得ない。
私の所に、来る筈が無い。誰も。
然し、其の足音は明らかに私の元へと向かっていた。
荒々しい、大きな足音。此の部屋から殆ど外に出る事はなかった、私からしてみれば初めての音だった。
やがて、其の足音は部屋の前で止まった。
月明かりに照らされ、障子に映った人影。
やはり、大人の男だった。其れも、三人程は居る。
布団から身を起こし、じっと其の影を見つめる目の前で、障子が音を立てて、開かれた。
大きな音を立てて、開いた障子。
其の向こうに立っていた、伯父を見て――
嗚呼、遂に此の時が来たのか。
そう、ひどく他人事のように思えた。
伯父達の肩越しに見える中庭の桜の木が、夜の闇に仄かに浮かび、綺麗だった。
不思議でならなかった。
何故、私が生かされていたのか。
何故、直ぐに殺さなかったのか。
・・・違う。
不思議でもなんでもなかった。
私は本当に、消えたかった。
幼すぎたのかもしれない。
私は、死が持つ恐怖を理解していなかった。
唯、邪魔に思われているのは知っていたから。
皆が言うように、私が不幸を運ぶのなら。
私を愛してくれる姉に其の不幸を運ぶ前に逝きたかった。
私の死に、涙してくれる人が居る前に逝きたかった。
どうしようもない、我侭だった。
伯父・・・父の兄が持っていたのは、一振りの刀。
後ろの桜や、月景色に相まって――・・・とても、綺麗だった。
「やはり、産ませるんではなかった・・・・」
伯父の絞るような声だけが、耳に聞こえた。
後は、聞いていなかった。
只、目に映る風景があまりに綺麗だったから。
私を殺す為に持ってきたであろう刀が、銀色に輝いているから。
あれに殺されるのなら、別に良いかな、とも思っていた。
伯父が何か言っている。
其れは目に映ったが、現実感がなかった。まるで、絵を見ているようだった。
そんな伯父をぼんやりと見上げながら、ふと。
夢のような一瞬が、目の前を過ぎった。
夜ではない。
昼だ。
良く晴れた日。暖かい日。
今より少しだけ、幼い姉と――・・・
琥珀色の髪を靡かせる。
あれは、・・・
・・・あれは、誰だっただろう?
思い出せなかった。
不意に、刃が振り上げられた。
どうやら、言いたい事は言ったらしい。
私は考えるのを止めた。
今考えても、何になるんだろう。
どうせ、私は。
(あ、でも――・・・)
ふと、思った。
(おねえちゃん・・・)
脈絡の無い言葉だった。
でも、私の脳裏にははっきりと姉が浮かんでいた。
風が吹き、ふわり、と桜が舞う。
そして――
「やめてぇええぇえええぇええ!!!!!」
――泣き声に、よく似た叫び声がした。